こんにちはseiyaです。

今回は私の人生で大きなターニングポイントとなった、ハウスメーカーへ就職するまでの話をしたいと思います。

いまニートをしていたり、挫折してくすぶっている方に向けて、「ハローワークから就職しても自分次第で人生は逆転出来る」ということを知ってもらいたいです。

私も実際にニートを経験し、大学もギャンブルにのめり込んで中退するなど、周りから見ると落ちこぼれのような人生を歩んできています。

大学4回生で単位が全く足りずに中退

私は高校時代からマクドナルドでバイトをしていまして、立命館大学に入学後もそのまま引き続きマクドナルドでバイトを始めました。

そこで出会った先輩達は基本的に大学に行かない人が多く、麻雀やスロットに明け暮れているヤバいやつばかりでしたが、先輩と遊んでいる内に私も大学に行かなくなりました。

1回生の前期はまだ通っていましたが、後期からはパチスロと麻雀漬けの日々です。

当時はまだパチスロが稼ぎやすい時期で、年間300万円くらいはプラスに出来ており、麻雀でも雀荘の店員として働いて収入を得ていましたから学生でもお金に困りません。

さらにアニメにドハマりしてしまい、アニメ・麻雀・パチスロを趣味にした私は無事に廃人となりました。

こんな毎日を4回生まで送っていましたので、当然単位なんかとれるはずもなく、辞めて実家に帰ることになったのです。

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帰省後すぐにリゾートバイトで山奥へ

帰省してとくにやることも無いので、とりあえずお金が稼げる仕事をしようと思い、リゾートバイトに応募しました。

暑いの嫌だったので避暑地にいこうと思い、長野県の山の上にある王ヶ頭ホテルのホテルマンのバイトを選び、すぐに山の上での生活が始まります。

このバイトは約3ヵ月ほど続けましたが、朝6:30~22:00まで仕事(休憩3時間~4時間)という鬼のようなスケジュールで、よく続けたなと今でも思います。

お金を使う所が一切なく、休みの日も牧場にいるポニーを見るか大自然を見るくらいしかやることがないので、お金はめちゃくちゃ貯まりましたね。

下山してアパレル店員になる

下山したのが10月末で、11月からアパレル店員のバイトを始めました。

元々マクドナルドでバイトを6年間していて、接客業はお手の物だったので特に苦労もせずに服は売れましたね。

しかし、大学で遊びほうけることを覚えてしまって、働くのが面倒になってきたので5か月目で退職しました。

これが2013年3月のことで、ハウスメーカーに就職する2013年11月まで約半年間のニート生活が始まるのです。

ニートは「就職しなさい」と言われるほどやる気を失う生き物だと知った

大学に入るまで、将来は大手企業で順風満帆な生活をすると思っていた私は、当時ニートのことを馬鹿にしていました。

仕事もしない引きこもりなんて何がしたいんだ?なんでバイトとか就活しないの?と普通は思いますよね。

しかし、これは自分がニートになるまで落ちこぼれて、実際にニートになったからこそ分かる事も多かったです。

実家でニート生活をしていた時に嫌だったことは沢山ありますが、特に嫌だったのは親に「就職しなさい」と毎日のように言われることでした。

正直、そんなことは自分でも分かっているんです。周りは新卒で大手に就職している中で、自分は実家に引きこもっている。

そんな状態がよくないのは分かっているけれども、どうしても身体が動かないんです。

何とかハローワークに行こうと思って家を出たけれど、途中まで自転車をこいで引き返したこともありました。

そんな日々を半年ほど過ごして、やっとハローワークまでたどり着きました。たかが20分自転車をこげば行ける場所に半年間もかかったのです。

とりあえず月収が高ければなんでもよかった

ニートになるくらいですから、特にやりたい仕事なんてありません。

月給22万円以上ある仕事でとりあえず探してみたところ、サカイ引越センターの営業職が月給22万円からで募集をしていたので応募しました。

面接のために会社の前まで行きましたが、やはりニート時代に身に付いた「物事から逃げる」という性質は直っておらず、面接をバックレて家に帰りました。

この時は本当に自分が情けなくなりました。なんで面接の一つすら受けられないのか、自分はこんなはずじゃなかったと思ったものです。

それから次こそは!と再度ハローワークに行き、月給22~25万円で募集していたハウスメーカーに応募して、面接を受けました。

住宅営業ってすぐに辞める人が多いうえに若い人がいないので、私はその場で合格を頂きました。

1年目から年収720万円を貰い人生逆転の足掛かりに

何にも知識が無い状態で入社しましたが、住宅営業は物凄くやりがいのある仕事でした。

接客業を長くやっていたこともあり、お客様とのコミュニケーションは難なくこなせたことも大きかったと思います。

私が勤務していたハウスメーカーは注文住宅を受注する会社で、土地があるお客様に建物の図面を提案して、家を建てる契約を預かるシステムです。

給与は基本給+歩合で、売れば売るほど給与が上がるため、ひたすら売る事に没頭していきました。

私は11月入社ですので入社1年目が23歳から24歳になる時期で、一般的には就職2年目になりますが、その1年目に年収720万円を稼いだことで自分に自信を取り戻すことが出来たと思います。

就職2年目年収1,000万円に到達して人生逆転に成功

1年目は年間24棟を売って年収720万円でしたが、2年目から1年目に不動産屋にまいていた種が芽吹いてきて、年間35棟を売ることが出来ました。

24歳から25歳になる1年で年収1,000万円を超えて、完全に人生逆転に成功したなと実感しました。

この時期くらいから買えない物はほとんどなくなっており、価値観も大きく変化しています。

また、営業マンとして身に着ける物にこだわりを持ち出した時期でもあります。

参考:『売れる営業マンに最短でなる方法とは?一流品に頼るだけで成績は伸びる

まとめ:ニートからでも本当に人生は逆転出来る

私はブロガーとして副業をしていましたから、色々なメディアの記事を参考に読んでいます。

年収1,000万円になる方法や人生を逆転する方法などの記事もよく見かけますが、書いている人がそもそも体験してないよね?というような記事ばかりです。

今回、実際に稼いだ源泉徴収を載せたのは「人生は本当に努力次第で何とでもなる」ということを、いまニートをしていたり、挫折してくすぶっている方に知って欲しいと思ったから。

職種次第では実はもっと稼げる可能性もありますし、誰にでもチャンスはありますから、チャレンジしてみることをお勧めします。

お読みいただきありがとうございました。

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